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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)68号 判決

原告 全逓信労働組合

被告 北村種男 外二七七名

主文

一、被告畦地良雄、同吹原政子、同井沢正夫、同小田栄を除く被告等は、原告に対し別紙目録中犠牲者救済資金請求額欄記載の金員をそれぞれ支払え。

二、原告に対し、被告畦地良雄、同井沢正夫、同小田栄は各一、七〇〇円を、同吹原政子は一、四〇〇円を、それぞれ支払え。

三、原告の被告畦地良雄、同吹原政子、同井沢正夫、同小田栄に対するその余の請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告は「被告等は原告に対し別紙目録中犠牲者救済資金請求額欄記載の金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

被告等は「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の主張)

第一、請求の原因

一、被告等は、昭和三八年二月から同年七月にかけて、いずれも原告組合の組合員であつた。

二、原告組合は、昭和三八年二月一五日賃金引上げを要求して、全国で拠点局八一カ所を選定したうえ、出勤時から一時間にわたる時間内職場大会(以下本件時間内職場大会という。)を実施した。すなわち、

(一) 三公社五現業の労働組合で組織する公共企業体等労働組合協議会(以下公労協という。)は、昭和三七年一一月三公社五現業に対し平均六、〇〇〇円の賃金引上げを要求して交渉に入つたが、原告組合は、昭和三八年一月三〇、三一日の両日にわたり行なわれた第二九回中央執行委員会において、(1)一律三、六〇〇円プラス一〇%の賃金引上げ、(2)最低賃金一五、〇〇〇円の確立、(3)年度末手当〇、五カ月分の獲得などを同年の春闘の目標とすることに決定した。

(二) 政府は公労協に対し、同年同月三〇日賃金引上げに関する具体的回答をさけたが、自主交渉による賃金要求の解決を提案し、さらに同年二月八日には、同月一五日以前に実力行使が回避できる誠意ある回答を行なう旨を約束した。

一方郵政省当局は、同年同月一一日原告組合に対し「資料の整備ができ次第回答する。ただし、経済事情も悪く、他公社現業のことも考慮に入れなければならないので、全面的に賃金引上げ要求を認めることは不可能である。」と回答してきた。

ところが、翌一二日郵政省当局は、他公社現業とともに、「消費者物価および民間賃金の上昇もあるが、微弱であつて、賃金引上げの情勢は認められない。公務員の給与が上ることになつているが、これと均衡を失することにはならず、公務員が公共企業体職員に追いついたに過ぎないので、賃金引上げの要求には応じられない。」旨を回答してきた。右回答は、池田内閣の高度成長政策の失敗によつて苦しむ労働者の要求をふみにじつたものであるのみならず、当局の従来の交渉態度をも否定するものであつた。

(三) そこで、公労協は、当局の不誠意きわまりない態度に対し、同年同月一五日に第一波実力行使を行なうことを決定し、原告組合も同年同月一三日に開催された中央執行委員会において同月一五日に全国八一カ所の普通局において出勤時から一時間にわたり時間内職場大会を行なうなどの方針を決定し、当日右決定を下部機関に指令した。

なお、原告組合においては、昭和三七年八月一四日から開催された第一四回全国大会で中央執行委員会に対し春闘における具体的な戦術の実施時期および方法の決定権根を委譲していたものである。

(四) そして、公労協の統一行動は昭和三八年二月一五日早朝から各拠点で行なわれ、原告組合は当日全国八一カ所の拠点局において、組合員六、五七七名の参加のもとに本件時間内職場大会を行なつたのである。

三、郵政省当局は、同年三月七日と四月三〇日との二回にわたり、本件時間内職場大会に参加した組合員を国家公務員法第八二条に基づいて懲戒処分に付した。その内容は、同年三月七日に、減給三カ月一三六名、同二カ月四三名、同一カ月八一名、戒告五、四五二名、同年四月三〇日に、停職六カ月一名、同四カ月五名、同三カ月四八名、同二カ月八五名、同一カ月一二九名、減給一〇カ月一三名、同六カ月一〇名であつた。

四、原告組合は、右懲戒処分をうけた組合員を救済するために約六億七、〇〇〇万円の資金を要すると推定されたので、原告組合規約第一四条に基づき同年六月二六日から三〇日までの五日間にわたり仙台市で開催された第一五回全国大会において、犠牲者救済資金の臨時徴収として、(1)約六億七、〇〇〇万円の犠牲者救済資金のうち、四億五、〇〇〇万円は組合員全部から臨時に徴収する。(2)右資金は、仲裁裁定六・五%精算分受領の際、その一カ月分を支部に納入する(平均一、五〇〇円であるが、この分は比率徴収となる。)。(3)支部は、直送方法により遅滞なく本部に送付する。旨の決定(以下本件大会決定という。)がなされた。

ところで、原告組合規約第一四条に基づき開催される全国大会は、原告組合の最高決議機関であつて、同大会の決定は前記規約第四二条により各組合員を拘束するものである。この点に関し、被告等は、本件犠牲者救済資金の負担が資金カンパに過ぎないとか、裁判上強制的に徴収することができない権利であるとか主張するが、いずれも理由がない。

なお、被告等は、原告組合本部には本件犠牲者救済資金の徴収権がないと主張するが、前述の「組合員は本件犠牲者救済資金を支部に納入する。支部は直送方法により遅滞なく本部に送付する。」旨の決定は、単に徴収方法を定めたに過ぎないものであつて、右徴収権自体が原告組合本部にあることは当然である。

五、そして、昭和三八年六月二五日付公達第四〇号により同年四月一日にさかのぼつて、俸給表の改正に伴う新俸給が実施され、旧俸給との差額支給(本件大会決定にいう仲裁裁定六・五%精算分の支給)がなされ、被告等は同年七月中に右精算分の一カ月分として別紙計算書中「本俸値上がり分」欄記載の金員(原告の昭和四四年三月一九日付準備書面その二に添付された計算書中、昭和四一年(ワ)第八二六号事件の被告畦地良雄、同第一三四七号事件の被告井沢正夫、同第二四二〇号事件の被告小田栄の「本俸値上がり分」欄および「未納額」欄にそれぞれ「一、八〇〇」とあるのは「一、七〇〇」の、同第八四八号事件の被告吹原政子の「本俸値上がり分」欄および「未納額」欄にそれぞれ「一、五〇〇」とあるのは「一、四〇〇」の、いずれも計算上の過誤であり、また同第一五九九号事件の被告乾初栄の「旧本俸」欄に「二二、〇〇〇」とあるのは「二二、一〇〇」の誤記とみとめられるから、本判決添付の計算書記載のとおりそれぞれ主張したものであると解するのが相当である。)をそれぞれ受領した。

六、よつて、原告は被告等に対し、本件犠牲者救済資金の臨時徴収として、前記計算書中の「本俸値上がり分」欄記載の金員から、同表中の「既納額」欄記載の金員をそれぞれ差引いた同表中の「未納額」欄記載の金員、すなわち別紙目録中の「犠牲者救済資金請求額」欄記載の金員の支払をそれぞれ求めるため本訴請求に及んだ。

第二、本案前の主張および本案に対する抗弁について

一、被告等の本案前の主張事実および本案に対する抗弁事実をすべて争う。

二、被告等は、本件大会決定は公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)第一七条に違反する争議行為者を救済するという不法条件を付したものであるから、民法第一三二条により無効であり、仮に不法条件を付したものでないとしても、公労法第一七条の強行法規に違反し、公序良俗にもとるものであるから、民法第九〇条により無効であると主張するが、右主張は、特に以下述べる理由により失当である。

先ず、昭和三八年二月一五日原告組合が実施した本件時間内職場大会が公労法第一七条に違反するかどうかという問題と、本件時間内職場大会に参加したことを理由に懲戒処分をうけた組合員を原告組合が経済的に救済するためその資金を組合員全部から徴収する旨の本件大会決定の効力との間には論理的因果関係が何ら存しない。公労法第一七条違反の争議行為の決行を命ずる指令に従わない組合員に対し、その服従を求める給付の訴の場合であれば、同条の解釈論も必要であるが、本件犠牲者救済資金の徴収権の直接の発生原因は本件大会決定であるから、その決定自体が法を侵害するものでない以上、右決定の単なる原因行為の性格によりその効力を左右されるものではない。本件大会決定自体は、原告組合の指令に従つて行動した組合員が、その結果として被つた具体的損害を他の組合員全部が階級的連帯性から填補するものであつて、公労法第一七条に直接衝突する余地がない。

次に、本訴請求は、本件大会決定に基づき原告組合が被告等に対し有する犠牲者救済資金の徴収権の行使という私法上のものである。公労法第一七条は公法上の規定であつて効力規定ではなく、従つて同条違反の行為が直ちに私法上無効となるものではない。かえつて、同条は公共企業体等の業務の公共性を保護するための政策的立法であり、その制定の当初から同法第一八条と一体をなした規定である。およそ争議行為を禁止することと、その違反行為に対しどのような法的取扱いをするかは、当該労働者の職務の性格、争議禁止の必要性などの対比のうえで、相対的に決定さるべき極度に政策的な事項である。わが国の場合、争議の禁止、制限につき、国家公務員、公共企業体等職員、公益事業労働者と段階づけ、公共企業体等職員の場合は公労法第一七条違反の行為に対する法的取扱いとしては同法第一八条による解雇、すなわち当該企業からの遮断ということにとどめているのであつて、その他の法的効果をもたないことが明らかである。従つて、公労法第一七条違反を理由として、本件大会決定が無効となるべき余地がない。

さらに、公共企業体等労働者の争議行為が、公労法第一七条に違反し形式的違法性を帯びることは認めるが、同条の違反行為をすべて単純に違法視し、社会的非難を加えることはできない。第一に、世界の各国でも公務員について争議の全面的禁止を規定しているのは異例に属し、特に国家権力の行使にあたらない現業公務員や公共企業体等の職員について右の禁止は例のないところである。第二に、わが国では勤労者の労働基本権が憲法上保障されており、公共企業体等職員も憲法に定める勤労者であるからその保障をうけることは明らかである。従つてそれらの者の行なう争議について一定の制限をすることは別として、全面的にそれを禁止することは本来許されないところである。まして、いわゆる代償措置の不備である現行法のもとにおいては公労法第一七条の不当性は一層はなはだしい。かかる見地から同条は違憲であるというのが労働法学者の通説である。第三に、労働運動は国家権力の介入を排除することによつて発展してきた歴史をもつていることである。世界中どこの国においても実定法上の禁止規定に抵抗し、これを廃止させることによつて労働運動は成長してきた沿革をもつている。従つて労働者の基本権を禁圧する実定法に抵抗してその修正を求める行動は労働運動にとつて宿命的なものでありこれを企図して活動する組合の行動を、他の一般法規の違反と同一視することはできない。右のことを考慮するとき、公労法第一七条の違反行為をすべて社会的に非難することはとうていできないところである。

以上のとおりであつて、本件大会決定は不法条件を付したものでなく、かつ、公労法第一七条に違反し公序良俗にもとるものでもないことは明らかである。むしろ憲法に保障された団結権の下における労働者的良識としては、本件大会決定は労働者的正義ないし社会的正当性以外の何ものでもない。

被告等が本件大会決定が無効であると主張することこそ、同一組合に所属していた者としていわゆるクリーン・ハンドの原則に反するものである。

三、次に、被告等は原告組合作成にかかる会計報告書の記載内容を理由にして、本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄したと主張するが、これは会計報告書の性格を誤解していることに基づくものである。その決算内容は過去の経済状況の報告に過ぎず、また予算内容は来年度の収入見込み、行動企画の記載に過ぎない。その記載内容自体が組合員の具体的な権利義務の存否、効力を左右するものではない。原告組合の場合、組合員との間に生じた具体的権利を放棄するためには、規約上最高決議機関である全国大会の決定を経由すべきことになつているにもかかわらず、もとよりかかる決定は存しない。まして、原告組合のいかなる機関も被告等に対し本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄する旨の意思表示を行なつていない。従つて被告等の右主張は全く理由がない。

四、さらに、被告等は本訴請求が禁反言の原則および組合員間における公平の原則に違反するから失当であると主張するが、原告組合が被告等の所属していた原告組合大阪貯金局支部の組合員から本件犠牲者救済資金としてそれぞれ一、五〇〇円の支払をうけたのは次の事情によるものである。すなわち、大阪貯金局支部がその懲収方法として、一応組合員から一人一、五〇〇円あてを徴収するという便法をとることとし、本部においてもそれを便法として承認することとした。そして本部と大阪貯金局支部との間で、その後、本部の指示をまつて、右徴収金を本件大会決定どおりの金額に各調整処理するように取決められているものである。従つて本訴請求が禁反言の原則および組合員間における公平の原則に違反することはないから、被告等の右主張は理由がない。

(被告等の主張)

第一、本案前の主張

一、原告組合は、本訴提起前に大部分の組合員から一律一、五〇〇円あての犠牲者救済資金を徴収し、かつ本件訴訟においても当初被告等に対し一律に同額の犠牲者救済資金の支払を求めていた。ところが、原告組合はその後原告組合第一五回全国大会議事録および同大会議案書(甲第二号証の一、二)が見付かつたので、これらを根拠として請求する方が訴訟維持に好都合であるという全くの思い付きから、訴を変更したものである。これは、結局原告組合が、本訴請求の金員を実際に徴収することよりも、本件訴の変更により被告等を困惑させ、よつてその所属する全日本郵政労働組合の組織破壊、内部分裂などのみを意図したものであるといわざるを得ない。従つて本件訴の変更は憲法第二一条および第二八条によつて保障された全日本郵政労働組合の団結権を侵害するものであつて、異議がある。

二、原告主張の本件犠性者救済資金の臨時徴収に関する本件大会決定およびこれに基づく右資金の徴収は、原告組合の内部的運営事項であつて、本来これは司法審査の対象とならないものである。

労働組合は、労働者が自主的に経済的地位の向上を目的として組織する団体である。現行の労働組合法は、昭和二〇年制定の労働組合法に比べ、労働組合の自主性を特に強調している。さらに現行の労働組合法第一二条において準用される民法の規定が対外関係に限定されていることは、法が労働組合の自主性を重んじその内部的運営事項に関して法規を定立することを意識的に避けているためである。

右のことは、労働組合が他の利益団体あるいは公益団体と異なつて、労働者の強い連帯意識の上に築かれており、その統制力は社会的に強力であるのみならず、シヨツプ制をとることにより法的にも若干裏打ちがなされているから、労働組合の内部的運営事項は右の統制力によつて自主的に処理できることになつており、司法権の介入を無批判に認める必要がないからである。もち論、右の統制力は組合員である間だけ及ぶものであり、かつその強度は除名をもつて限度とするが、労働組合は組合員間の連帯性の基底をもつが故に、この限度の統制力によつて十分に機能できるのである。

被告等としても、もとより労働組合の自主性を過度に強調し、労働組合の内部的運営事項に関する問題をすべてモラルの問題として片付けようというのではない。たとえば、除名問題は純粋に労働組合の内部的運営事項であるが、これに司法権の介入が認められることに疑いをもつものではない。しかしながら、労働組合の内部的運営事項について司法権が例外的に介入することを許されるのは、個々の労働者ないし組合員の権利が、相対的に強大な労働組合の利益に圧殺されることを防ぐ場合に限定さるべきである。けだし、労働組合が本来労働者ないし組合員の利益を目的とするものである以上、団体としての利益の追求に急なるの余り、個々の労働者ないし組合員の利益を不当に侵害することは許されないからである。結局、労働組合対個々の労働者ないし組合員の問題に関し統制権を持つ労働組合の側に司法権がてこ入れする必要は全くないし、また許さるべきことではないといわねばならない。

従つて、原告組合から個々の労働者である被告等に対し犠牲者救済資金の支払を求める本訴請求は、司法審査の対象外の事項を目的とするものであるから、不適法である。

第二、本案に対する主張

一、原告主張の請求原因事実に対する認否

(一) 原告主張の請求原因一項記載の事実は認める。

(二) 同二項記載の事実のうち、原告組合が昭和三八年二月一五日大巾賃上げを中心目標として全国八一カ所において一時間の時間内職場大会を実施したことは認めるが、その余の事実は不知。

(三) 同三項記載の事実は不知。

(四) 同四項記載の事実は争う。原告提出の原告組合第一五回全国大会議事録(甲第二号証の一)が仮に真正に成立したものとしても、それには犠牲者救済資金として一人平均一、五〇〇円を臨時徴収するとのみ記載されており、原告主張のように仲裁裁定六・五%精算分の一カ月分を徴収する旨の記載はない。原告組合第一五回定期大会議案書(甲第二号証の二)および全逓速報(同第八号証)によつて、原告主張の大会決定の事実の存在をはじめてうかがい知ることができるようであるが、それらはせいぜい原告主張の大会決定の有無を推定する間接資料に過ぎない。弱小組合の場合であれば、あるいは右の間接資料をもつて立証することも許されるであろうが、組合員数や社会的影響力などにおいて自他ともに認める日本有数の大労働組合である原告組合においては、すべての大会決定の有無は議事録により決すべきであり、その議事録の記載が前述のとおりである以上、原告主張の本件大会決定は最初から存在しないものといわねばならない。

仮に、原告主張の本件大会決定が存したとしても、本件犠牲者救済資金の法的性格は、一般組合費と異なり、臨時にあくまで各組合員の理解と協力とによつて任意に拠出を求める助け合いカンパの性質を有するにとどまるものである。原告組合の一九六四年度第三期会計報告書に後述するとおり予算額および差引残額が計上されていないこと、既に退職した者などのように、被告等が加入している全日本郵政労働組合に所属しない者に対しては、本訴のような給付訴訟を提起していないことなどに照らしても右のように解さざるを得ない。

仮に、犠牲者救済資金がカンパでないとしても、少くとも裁判上強制的にその徴収をすることは許されない性質のもので、一種の自然債権というべきである。

さらに、原告主張の本件大会決定が存したとしても、原告組合本部から被告等に対し本件犠牲者救済資金の徴収権は発生しない。すなわち、本件犠牲者救済資金の徴収は各支部が担当し、支部は直送方式により本部に送付するというのであるから、本部から各組合員に対する直接の徴収権を設定するためには、あらたにその旨の大会決定なりが必要である。原告は支部の権利は本部の権利であると考えているようであるが、これは本件大会決定の効力を全く無視した独断的な考え方である。

(五) 同五項記載の事実のうち、被告等が原告主張の俸給表の改正による差額分(仲裁裁定六・五%精算分)の一カ月分として別紙計算書中の「本俸値上がり分」欄記載の金員の支払をそれぞれうけたことは認める。

二、抗弁

(一) 仮に原告主張の本件大会決定の趣旨が、本件犠牲者救済資金がカンパでなく、裁判上その徴収を強制することができるものであつたとすれば、そのような大会決定は以下述べる理由により無効である。

原告の主張によると、本件犠牲者救済資金の徴収は、原告組合が昭和三八年二月一五日実施した時間内職場大会に参加したことを理由に懲戒処分をうけた者を救済することを目的として決定されたものであるというのである。そうすると、右時間内職場大会は公労法第一七条に違反する争議行為であり、右大会決定はかかる違法行為者の救済という不法条件を付したものとして民法第一三二条により無効である。

仮に不法条件を付したものでないとしても、右大会決定は公労法第一七条の強行法規に違反し、公序良俗にもとるものであるから、民法第九〇条により無効である。

そもそも公労法第一七条は、公共企業体等の職員および労働組合が、同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為を行なうことを禁止している。これは公共企業体等の業務が国民生活全体の利益と密接な関連を有し、社会公共に及ぼす影響が極めて大きいものであるところから設けられたものである。

ところが、原告組合は右規定に違反して組合員をして争議行為を行なわせ、その他郵政業務の正常な運営を阻害する各種の行為を繰り返し行なわせてきた。

本来、原告組合は合法の枠内において組合運動を推進することを目標として結成されたものであるが、その後次第に左傾化し、組合員に対しかねて管理者を敵視するように指導し、不信感をあおり、闘争時には法に違反して争議行為などを行なえば当然懲戒処分をうけることを知りながら、一斉定時出退庁戦術、休暇戦術、時間内職場大会戦術などいずれも業務の正常な運営を阻害する各種の戦術を採用し、反覆、かつ広範囲にこれを指令し、これに批判的な組合員に対しては監視を厳しくし、またピケを張るなどして無理矢理これに従わせ、違法行為を繰り返し行なわせるにいたつた。本件の時間内職場大会もその一例である。

他面、労働組合が機関決定に基づき争議行為を行なうにあたり、その争議行為が正当なものである限り、組合員は右機関の指示に従うべき義務のあることは当然であるが、その争議行為が正当性を有しないものであれば、かかる争議行為の決行を命ずる指令はそれ自体たとえ犯罪を構成しないとしても、組合員に対し拘束力を有しないことは明らかである。

原告組合が昭和三八年二月一五日実施した時間内職場大会は、公労法第一七条によつて禁止された争議行為であるから、組合員としてはかかる違法行為の決行を命ずる指令に従うべき何らの義務がなかつたものであり、それにもかかわらず、あえて右指令に従つて争議行為を行なつた組合員が懲戒処分をうけたのは当然であり、その犠牲者を救済するための資金を裁判上強制的に徴収する旨の大会決定は、不法条件を付したものとして、またそうでないとしても公序良俗に反するものとして無効であるといわねばならない。

そして、右のことは、原告組合が実施した本件時間内職場大会が刑事法的違法性を欠き、民事法的違法性を具備するに過ぎない場合においても、その結論を異にするものではない。

(二) 仮に原告主張の本件大会決定が有効であるとしても被告等は原告組合からその後脱退して原告組合の財産に対し権利を有しなくなつた以上、被告等の原告に対する財産上の義務もまた消滅するのである。従つて被告等の原告組合に対する本件犠牲者救済資金の支払義務も右の理により脱退により消滅しているのである。

(三) 仮にそうでないとしても、原告組合は被告等に対する本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄した。すなわち、原告組合の第一六回定期全国大会に提出された財産報告書中の本件犠牲者救済資金の徴収に関する一九六三年度会計報告書(以下報告書(一)という。)によれば、臨時犠牲者積立金予算額として三三七、五〇〇、〇〇〇円、一九六三年六月一日から一九六四年三月三一日までの納入金として三〇一、四九二、〇九六円、差引残額として三六、〇〇七、九〇四円と記載されている。これに対し、第一七回定期全国大会に提出された財政報告書中の一九六四年度第三期会計報告書(以下報告書(二)という。)によれば、臨時犠牲者積立金予算額の項目の記載があるが、それに該当する数字の記載はなく、ただ一九六四年六月一日から一九六五年三月三一日までの納入金として八、七七〇、七三〇円と記載されているのみで、予算額と納入金との差引残額もまた記入されていない。

ところで、報告書(一)に記載されている差引残額三六、〇〇七、九〇四円は、普通であれば当然次年度の予算額として計上されなければならないにもかかわらず、前述のように報告書(二)では予算額として計上されておらず、従つて予算額と納入金との差引残額もまた記入されていない。これは原告組合としては本件犠牲者救済資金の徴収権をもはや債権として存置させる意思のないことを明白に物語るものであつて、原告組合は遅くとも報告書(二)を承認した第一七回定期全国大会の開催日に被告等を含む未払組合員に対し、右徴収権をすべて放棄したものである。

(四) 仮にそうでないとしても、原告組合の被告等に対する本訴請求は禁反言の原則に違反し、かつ組合員間における公平の原則に違反する。すなわち、原告組合が被告等に対し、本訴提起前および本件訴訟の当初において犠牲者救済資金として支払を求めた金額は一律、一五〇〇円あてであり、かつ他の組合員が既に納入した金額も右と同様いずれも一人当り一、五〇〇円である。ところが、原告組合が本訴において、被告等に対し従来請求し、かつ他の組合員が既に納入した金額と異なる金額の犠牲者救済資金の支払を求めることは、明らかに禁反言の原則に違反し、かつ組合員間における公平の原則にも違反して失当である。

(五) 仮にそうでないとしても、原告組合の本訴請求は、被告等が原告組合を脱退して、全日本郵政労働組合に加入したことに対するいやがらせであり、被告等の現在所属する右組合の組織の破壊のみを目的としたものであるから、権利の濫用として許されないものである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

第一、本案前の主張に対する判断

一、被告等は、原告組合の本件訴の変更は、本訴請求にかかる金員を実際に徴収することよりも、本件訴の変更により被告等を困惑させ、もつて同人等が所属する全日本郵政労働組合の組織破壊、内部分裂などを意図したものであつて、憲法第二一条および第二八条によつて保障された右組合の団結権を侵害するものであるから、本件訴の変更に異議がある旨主張する。しかしながら、本件訴の変更が被告等主張のような意図に基づきなされたものであることを裏付けるべき的確なる証拠がない。かえつて、本件訴の変更は第二の九項において後述するとおりの事情に基づきなされたものと認められる。従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

二、次に、被告等は、本件犠牲者救済資金の臨時徴収に関する本件大会決定およびこれに基づく右資金の徴収は、原告組合の内部的運営事項であつて、これは司法審査の対象とならないから、本件訴は不適法であると主張する。以下この点について考察することとする。

原告主張の本件犠牲者救済資金の臨時徴収に関する本件大会決定およびこれに基づく右資金の徴収は、被告等指摘のとおり原告組合の内部的運営事項にあたる財政問題である。そして、労働組合は、労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持、改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体、またはその連合団体であつて、現行法は労働組合の組織、運営などをその自治に委ね、労働組合の自主性の原則を尊重する建前をとつている。本訴で問題となる労働組合の財政問題についてみると、労働組合法第五条第二項第七号が「すべての財源および使途、主要な寄附者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告は、組合員によつて委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること」と規定し、これに該当しない労働組合に対しては、同条第一項により「この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない。」と規定するにとどめ、それに関する法的規制は極めて緩やかである。これは労働組合の自主性の原則を尊重する建前から、組合費などの金額、徴収方法などについてもその自治にゆだねているものである。

しかしながら、右のような労働組合の自主性の原則に照らして、労働組合の財政問題が司法審査の対象外であるという議論にはにわかに賛成することができない。すなわち、労働組合は、法的人格の有無にかかわらず、法的に承認された団体であり、その目的を達成するための現実的活動を展開するためには、財政上の裏付けが存在することが絶対的に必要であることは多言を要しないところである。そして、労働組合の財政が自主性の原則に従うべきことはもとよりであるが、他方、財政収入の面において財政収入を確実かつ十分ならしめ、もつて財政収支の均衡を保持し、資金の蓄積をはかるべく、いわば財政収入の確実性の要請ともいうべきもの(以下財政収入の確実性の要請という。)が働かざるを得ないのであつて、具体的場合には両者を適切に調整して処理すべきである。組合費などの金額、徴収方法、使途などを決定する場面においては自主性の原則が強く支配すべきであるが、一旦それらを自主的に決定した以上、財政収入の確実性の要請が支配する領分に移行したものというべきである。そして、財政収入の確実性の要請は、多くの場合、組合員の連帯意識と、労働組合がもつ統制力とにより十分に満たされることになるであろう。それだからといつて、労働組合が自ら進んで財政収入の確実性の要請をより完全ならしめるため、労働組合の財政に関し、労働組合と組合員との間に権利、義務の法律関係を設定しようとする意思を有するとき、労働組合の目的の範囲を逸脱する違法があるとか、公序良俗に反するなどの特別の事情がない限り、その意思どおりの法的効果を付与することが、労働組合の自主性の原則にもとるものとは解されない。またそのような法的効果を付与することを禁止する旨の法規も何ら存しない。従つて労働組合の財政に関し、労働組合と組合員との間に権利、義務の法律関係を設定することは何ら妨げられないものと解するのが相当である。

ところで、本訴請求の目的である本件犠牲者救済資金の臨時徴収は、原告組合規約所定の大会決定に基づき被告等から裁判上その徴収を強制しようとするものであつて、前記法理に照らし、本件犠牲者救済資金の徴収権の有無は法律問題と目される以上、労働組合の内部的運営事項であつても、司法審査の対象となるべきものであると解する。従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

第二、本案に対する判断

一、被告等が、昭和三八年二月から同年七月にかけて、いずれも原告組合の組合員であつたことは、当事者間に争いがない。

二、成立に争いがない甲第一、七号証、乙第九号証、証人城戸幸雄、同田口末一、同針谷栄次郎の各証言、右の各証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、第三、八、九号証および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認定することができる。

(一)  公労協は、昭和三八年のいわゆる春闘における賃金値上げ要求について、同年二月一五日に第一波実力行使を行なうことを決定し、原告組合も同年同月一三日に開催された中央執行委員会において同月一五日に全国八一カ所の普通局において出勤時から一時間の時間内職場大会を行なうなどの方針を決定し、その旨下部機関に指令したこと、原告組合においては昭和三七年開催された第一四回全国大会で、中央執行委員会に対し昭和三八年の春闘における具体的な戦術の実施時期および方法の決定権限を委譲していたこと、そして公労協の統一行動は昭和三八年二月一五日早朝から各拠点で行なわれ、原告組合も当日全国八一カ所の拠点局において、出勤時から一時間の時間内職場大会を実施したこと、

(二)  郵政省当局は、同年三月七日と四月三〇日との二回にわたり、前記時間内職場大会に参加した組合員を公労法第一七条に違反したものとして、国家公務員法第八二条に基づいて懲戒処分に付したが、同年三月七日の被処分者の数は、減給三カ月一三六名、同二カ月四三名、同一カ月八一名、戒告五、四五二名、同年四月三〇日の被処分者中組合非専従者の数は、停職二カ月一名、同一カ月八名、減給一〇カ月一三名、同六カ月九名であつたこと、

(三)  原告組合は、犠牲者救済のため規約第五八条、犠牲者救済規定、同規定施行細則といつた諸規則を設けて、組合機関の決定に基づいて組合活動中それが原因で、死亡、負傷、疾病、解雇、刑事罰などをうけた犠牲者を救済することとしているが、前記懲戒処分をうけた者に対しても右諸規則適用の対象者とすることとし、そのための資金として約六億〇、七〇〇万円余を要するものと推定されたので、原告組合規約第一四条に基づき同年六月二六日から三〇日にかけて仙台市で開催された第一五回定期全国大会において、(1)約六億〇、七〇〇万円余の犠牲者救済資金のうち、四億五、〇〇〇万円程度は組合員全部から臨時に徴収する。(2)右徴収金は、仲裁裁定六・五%精算分受領の際その一カ月分を支部に納入する(平均一、五〇〇円であるが、この分は比率徴収となる。)。(3)支部は直送方式により遅滞なく本部に送付する。ことなどが決定されたこと、

(四)  昭和三八年六月二五日付公達第四〇号の郵政事業職員給与準則の一部改正により、同年四月一日以降新俸給が施行され、これによる旧俸給との差額支給(本件大会決定にいう仲裁裁定六・五%精算分の支給)がなされ、被告等はそのころ右支給の一カ月分として別紙計算書中の「本俸値上がり分」欄記載の金員をそれぞれ受領したこと(ただし被告等が右俸給表の改正により本俸値上がり差額分(仲裁裁定六・五%精算分)の一カ月分として前記「本俸値上がり分」欄記載の金員を受領したことについては当事者間に争いがない。)がそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。

三、被告等は、本件犠牲者救済資金の法的性格は、一般組合費と異なり、臨時にあくまで各組合員の理解と協力とによつて任意に拠出を求める助け合いカンパの性質を有するにとどまるものである。仮にそうでないとしても裁判上その徴収を強制することができないものであると主張するが、本件犠牲者救済資金は、原告組合規約第一四条に基づき開催された全国大会において、犠牲者救済に関する諸規則を適用して現に救済するための資金として組合員の全員から徴収する旨決定されたものであつて、単に有志などの一部の者を対象としたものでないことは前記認定のとおりである。

しかも、前記甲第一号証によると、臨時組合費につき原告組合規約第五〇条は「決議機関で必要と認めたときは、臨時に組合費を徴収することができる。」と規定し犠牲者救済資金につき同第五八条は「組合は、犠牲者救済にあてるため全国大会できめる金額を積立てる。」と規定し、さらに組合員の義務につき同第四二条は「組合員は次の義務をもつ。一、綱領、規約及び組合機関の決定に服すること。二、組合費を納入すること。」などと規定していることが明らかである。右の各条項および、さきに第一の二項において述べたように、労働組合の財政に関し労働組合と組合員との間に権利、義務の法律関係を設定することは法理上何ら差支えないことに照らして、前述の本件大会決定の内容をみるとき、原告組合は組合員に対し本件犠牲者救済資金につき裁判上もその徴収を強制することができる趣旨で大会決定がなされたと認めるのが相当である。

従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

四、被告等は、本件犠牲者救済資金の徴収権は原告組合の各支部にあると争い、原告は本部にあると主張しているが、前記甲第一号証によると、原告組合は単一組合であつて、本部といい、また支部といつても、それらはいずれも組織上の機構に過ぎないものであつて、それ自体が独立の法的人格を有するものでないことが明らかであるから、権利の帰属としては、原告組合と組合員との間における関係としては握するほかないのである。そうだとすると、本件犠牲者救済資金の徴収権は原告組合自体に帰属し、「右資金の徴収は支部が担当し、支部は直送方式により遅滞なく本部に送付する。」旨の決定は、単に組合内部における徴収担当者を定めたに過ぎないものと認めるのが相当である。

従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

五、被告等は、本件大会決定は不法条件を付したものであるから、民法第一三二条により無効であると主張する。しかしながら、本件大会決定は原告組合の犠牲者救済に関する諸規則を適用して救済すべき具体的な事態が既に発生していることに対処するため、その救済資金の徴収を決めたものであつて、いわゆる条件を付したものでないことは前記認定のとおりである。

従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

六、被告等は、本件大会決定は、強行法規である公労法第一七条に違反し、公序良俗にもとるものであるから、無効であると主張する。以下この点について検討することとする。

公労法第一七条第一項は「職員及び組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。又職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定している。右規定は、公共企業体等の業務の公共性を保護する立場から、争議行為を禁止しているもので、強行法規であることは疑いがない。そして、郵政省の職員も憲法第二八条にいう勤労者であるから、本来争議権が保障さるべきであるが、その業務の公共性の故に、公労法第一七条はそれを否定しているのであるから、右規定の具体的適用にあたつては、争議行為を禁止することによつて保護しようとする法益と、労働基本権を保障することによつて実現しようとする法益とを比較考慮し、両者の要請を適切に調整する見地から解釈すべきであつて、かかる解釈をもつてすれば右規定が憲法第二八条に違反するものではない。そこで、もし原告組合が懲戒処分を撤回させるため組合員に対し争議行為を命ずる場合は、直接的に公労法第一七条適用の問題に該当するが、本件大会決定は、前記認定のとおり原告組合が、昭和三八年の春闘に際し実施した同年二月一五日の時間内職場大会に参加したことを理由に懲戒処分に付された者に対し、後日犠牲者救済に関する諸規則を適用してこれを救済することとし、組合員全部から臨時に本件犠牲者救済資金を徴収する旨決めたものであるから、本件大会決定自体の内容は右規定の適用が直接的に問題となる場合ではない。

ただ、本件大会決定が、公労法第一七条違反の行為をしたことを理由に国家公務員法第八二条に基づいて懲戒処分をうけた者を救済するための資金徴収であるという使途との関係において、その効力に影響がないかどうかの問題があるに過ぎない。

ところで、本件大会決定は、たとえ懲戒処分をうけた者が法律上原告組合の指令に従うべき義務がないのにそれに従つて行動したために当然の結果として被つたものであつたとしても、右の被処分者がうけた具体的損害を、他の組合員が労働者的連帯意識から経済的にできるだけ救済しようとするものであつて、右決定は原告組合の規約による多数決原理に基づいて決めた組合員多数の意思を反映するものである。従つて本件大会決定の効力を否定する場合は、右の多数決原理に基づく決定を覆すに足りる明白な事由が存在しなければならない。そこで、右事由の存否につき考えるに、先ず一般論としては、使途の違法性が強度のものであればある程、それに応じて当該法律行為の効力に大きな影響を与え、ついにはその効力を否定するにいたる場合も生ずるであろう。右の観点から本件においては公労法第一七条違反行為の違法性について検討することが必要となつてくるが、その前に、右規定は前述のように憲法第二八条が勤労者に保障する労働基本権のうち争議権を剥奪する禁止規定であるから、その性質上、公労法第一七条違反について定められた法効果をこえて、みだりに拡張的に解釈すべきでないということを先づ留意しなければならない。公労法第一七条違反の行為者について、同法自体は第一八条において「前条の規定に違反する行為をした職員は、解雇されるものとする。」と規定しているのみである。もつとも、郵政省の職員は国家公務員法の適用をうけ、同法第八二条所定の懲戒処分に付せられる場合があることを否定することができない。しかし、それ以外に何らの法効果はなく、公労法第一七条違反の行為をしたというだけで、その行為者に刑事罰が課せられることがないことはもち論である。結局、右規定の違反行為の違法性については、解雇もしくは懲戒処分という不利益をうけるにとどまり、刑事法的違法性を帯びるものではないことが明らかである。

次に、原告組合が昭和三八年二月一五日実施した時間内職場大会に参加したことを理由に行なわれた国家公務員法第八二条に基づく懲戒処分は、職員の服務義務違反に対し公務員関係の秩序維持のため、その道義的責任を追求して職員に科する制裁であつて、原告組合が被処分者を経済的に救済すれば、それだけ懲戒処分の効果が事実上失われるということはこれを否定することができないが、しかしその効果の一切が法律上無意味に帰し、国家公務員法が懲戒制度を設けた趣旨が根底より覆されるものとまでは解することができない。また、かかる救済を是認すれば将来とも公労法第一七条違反の行為を招来する原因となり、公務員関係の秩序を維持することができなくなるおそれがあるとの危惧が存するかも知れないが、かかる行為の生ずる背景は社会的な諸要因が複雑にからみあつたものであつて、単純なものとはみられないから、右危惧が存することを特に重大視することもできない。

以上のとおりであつて、本件大会決定が、公労法第一七条違反の行為をしたことを理由に国家公務員法第八二条所定の懲戒処分をうけた者を救済するために本件犠牲者救済資金を徴収するという使途との関係においても、前記の事情よりして、本件大会決定が著しく社会的妥当性を欠き、公序良俗に反する無効のものであると解するのは相当でない。いいかえれば、本件大会決定の当否について意見の分れることは容易に想像されるが、それは労働組合の運動論の問題として処理さるべきものであり、かつそれをもつて足りるものと解するのが相当である。

従つて、被告等の前記主張はこれを採用することができない。

七、被告等は、同人等が本件大会決定後原告組合から脱退して原告組合の財産に対し権利を有しなくなつた以上、被告等の原告組合に対する財産上の義務は、本件犠牲者救済資金の支払義務を含め一切消滅したと主張する。しかしながら、被告等が原告組合から脱退したことにより、その後は原告組合と被告等との間に組合員としての権利、義務が発生する余地はなくなつたわけであるが、それまでに既に具体的に発生した権利、義務が右の脱退により原告組合と被告等との間において相互に消滅すべき理由はない。

従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

八、被告等は、原告組合が本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄したと主張するところ、成立に争いのない甲第六号証、乙第一、二号証によると、なるほど被告等主張どおりの会計報告書の記載事実が認められるが、同時にその全体をみれば本件犠牲者救済資金が未納であることを指摘する記載があることが認められ、かつ会計報告書の性格が原告主張のとおりであることに照らしても、会計報告書の記載内容が被告等主張のとおりであることをもつて直ちに原告組合が被告等を含む未納組合員全部に対し本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄する内部的意思が存したものと認めることはできない。しかも、原告組合において被告等に対し本件犠牲者救済資金の徴収権を放棄する旨の意思表示をなしたことを肯定するに足りる証拠もない。従つて被告等の右主張もこれを採用することができない。

九、被告等は、原告組合の本件犠牲者救済資金の支払を求める本訴請求は禁反言の原則に違反し、かつ組合員間における公平の原則にも違反すると主張する。以下この点について検討することとする。証人田口末一の証言の一部、これにより真正に成立したものと認められる甲第四号証および弁論の全趣旨を総合すると、原告組合が本訴提起前および本件訴訟の当初において、被告等に対し一律一、五〇〇円の犠牲者救済資金の支払義務があるとして、その全額、または残額の支払を求めており、かつ被告等の所属していた原告組合大阪貯金局支部の他の組合員が既に納入した金額も右と同様いずれも一人当り一、五〇〇円であつたことを認めることができるが、同時にそれは、右大阪貯金局支部が本来組合員から本件犠牲者救済資金として、昭和三八年六月二五日付公達第四〇号の郵政事業職員給与準則の一部改正による新俸給と旧俸給との差額(仲裁裁定六・五%精算分)の一カ月分を比率徴収すべきところを、一律一、五〇〇円の定期徴収をするという便宜的方法をとることとし、原告組合本部の方でもそれを承認したという事情に基づくものであることを認定することができる。右の点について、証人田口末一は、今後本部の指示によつて、本件大会決定どおりの金額にそれぞれ調整することになつている趣旨の供述をしているが、右供述部分はにわかに措信することができない。そこで右の調整的措置が行なわれないものとしても、前記認定のように、本件犠牲者救済資金として一律一、五〇〇円の定額徴収をしたのは右大阪貯金局支部に限つてなされた便宜的方法であつて、原告組合全般からみれば、むしろ例外的現象に属するものである。

しかも、原告組合の本部および支部の役員といえども本件大会決定に拘束され、それに反する行動はできない道理であつて、原告組合が、本件訴訟の途中において、本訴提起前および本件訴訟の当初に、被告等に対し一律一、五〇〇円の犠牲者救済資金の支払義務ありとして請求し、右大阪貯金局支部の他の組合員が既に納入した金額も右と同様いずれも一人当り一、五〇〇円であつたのは、あくまで便宜的方法であつたことに気付き、訴変更の手続により、本件大会決定のとおり正当に本件犠牲者救済資金の支払を求めるにいたつたものであり、これをもつて禁反言の原則に違反するものと解することはできない。それと同時に前述のような大阪貯金局支部のみの例外的現象をもつて、本件犠牲者救済資金の支払を求める本訴請求が組合員間における公平の原則に違反すると解することもできない。しかもこれを右大阪貯金局支部に限つて考えてみても、本訴請求中、もつとも高額の犠牲者救済資金を負担する者でもその金額は二、八〇〇円であつて、右は被告等にとつて僅少のものであるとは必ずしもいえないとしても、前記認定の特殊事情を考慮すると組合員間における公平の原則を著しく毀損するものとして、本訴請求権の行使を否定すべき程度には未だいたつていないものと解するのが相当である。

従つて被告等の右主張はこれを採用することができない。

一〇、被告等は、原告組合の本訴請求権の行使は、被告等が原告組合を脱退して、全日本郵政労働組合に加入したことに対するいやがらせであり、右組合の組織破壊のみを目的とするものであるから、権利の濫用であると主張するが、これを肯定するに足りる的確なる証拠はない。従つて被告等の右主張もこれを採用することができない。

第三、結論

以上のとおりであつて、被告等は原告組合に対し、別紙計算書中の「本俸値上がり分」欄記載の金員から、原告組合が既に納入済であることを自認する同書中の「既納額」欄記載の金員をそれぞれ差引いた同書中の「未納額」欄記載の金員を支払うべき義務がある。すなわち、原告組合に対し、被告畦地良雄、同吹原政子、同井沢正夫、同小田栄を除く被告等は別紙目録中犠牲者救済資金請求額欄記載の金員を、被告畦地良雄、同井沢正夫、同小田栄は各一、七〇〇円を、同吹原政子は一、四〇〇円をそれぞれ支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求中、被告畦地良雄、同吹原政子、同井沢正夫、同小田栄を除く被告等に対する請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、被告畦地良雄、同吹原政子、同井沢正夫、同小田栄に対する請求は右の限度において理由があるからこれらを認容し、その余は失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、なお仮執行の宣言を付するのは相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩本正彦 高山健三 木村奉明)

(別紙省略)

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